モノクロと複雑さ ー 『カモン カモン』感想

 

スタッフ

【監督/脚本】マイク・ミルズ(サム・サッカー、20センチュリー・ウーマン

【撮影】ロビー・ライアン(女王陛下のお気に入り、家族を想うとき)

【編集】ジェニファー・ヴァッキアレロ

【音楽】アーロン・デスナー/ブライス・デスナー

 

キャスト

【ジョニー】ホアキン・フェニックスジェシー】ウディ・ノーマン【ヴィヴ】ギャビー・ホフマン【ポール】スクート・マクネイリーロクサーヌモリー・ウェブスター【フェルナンド】ジャブーキー・ヤング=ホワイト

 

ジョニーがラジオジャーナリストとして都市を転々としながら現在のアメリカを生きる生身の子供達のインタビューをして回るドキュメントと、突如降って湧いた甥っ子ジェシーとの共同生活というドラマが混在する、全編モノクロの一本。

 

ジェシーの父ポールはパラノイアに陥り精神疾患を患っており、その影響か定かではないがジェシーも言葉が止まらず状態としては混乱しており、しかし同時に理知的な論理で己の混乱から大人を煙に巻こうとするのである意味賢いとも言える。つまり大人からすればより複雑な存在だ。

インタビューの向こうの子供達の言葉もまた率直なもの、ひねくれたもの、本音か建前かわからないものと多様で(エンドクレジットで捧げられた弔辞は、あの大事なことは答えなかったニューオーリンズの少年に捧げられたものだろうか、ちょっと記憶が曖昧だけれど)、ジェシーもどこにでもいるありふれた子供なのかも知れない。

ジョニーと妹でジェシーの母であるヴィヴはジェシーの言葉に振り回され続け、またヴィヴはポールの混乱にも振り回され、更にジョニーとヴィヴは一年前まで痴呆症の母にも振り回されていた。

繊細な心理状態をその複雑性から目を逸らさず向き合ってきたマイク・ミルズだけあって、これら限られた登場人物がシンプルなシチュエーションで混乱し続ける描写は我がことのように切なく迫る(露悪的にはならないので、退屈さと紙一重かも知れない)。

そこで光るのが撮影で、本作人物の位置が周辺風景に対して比較的小さく、つい視線が外側にも吸い寄せられてしまう。明白に綺麗な西海岸のビーチもさることながら、なんでもない街角のディティール(多くの人が行き交う時をわざわざ選んでいる)や、静謐な森の無数の樹影から零れる木漏れ日。これら複雑な情報量が、モノクロであることでシンプルな白と黒の絵画に収まり、調和をとるというか、個人個人の精神の混乱を世界に馴染ませてくれる。その複雑さは普遍的なことだと。ヘッドライトや信号さえ眩しく光で満ちるショットもあれば、中央にポツンと街灯が点りホッとさせる瞬間もある。

そして複雑さを強調する構図が不意にシンプルに整うポイントポイントでジョニーとジェシーの関係性は落ち着きを取り戻していく。

空いた扉の向こうのベッドで寝転がる二人もそうだし、何よりジョニーとの別れを惜しんだジェシーが嘘をついてトイレに駆け込むダイナーのシンプルでまっすぐな奥行きの画面。混乱のピークに見えて、扉を隔てて会話するジェシーがここでは素直な心境を吐露し、ほんの少し脇道に逃避しただけで心と世界は調和が取れてしまうことにホッとする。

カメラが扉の中に入り、二人の会話をじかに捉えれば、きっとまた混乱は続いていくのだろう。その混乱の中で言葉を伝え合う困難さをジェシーが、その価値をインタビューの対象となる子供達が訴えかける。

複雑さを抱えて混乱しながら生きていくしかないとしても、カメラがモノクロで我々を俯瞰すれば、そこに映る光景はきっとシンプルだ。小粋なショットにしてやっていきましょう。

 

追記.劇中、部分引用される書物のタイトルが堂々テロップで出されるので最初「おっ?」ってなるけど、あれも情報としては混乱するけど同時にスッキリ整理されてるんですよね 現実を省略するのではなく見通しをよくする映画。

 

唐突にジョニーが立ちくらみするパレードのシーンもそうで、複雑さの中に在りながら、オーバーヒート起こしたらちょっと落ち着こう。そこではジェシーがパッと素早く飛び降りるのも良い。