スクリーンの奧に同じ時間 ー 『ボイリング・ポイント/沸騰』感想

 

スタッフ

【監督・脚本】フィリップ・バランティーニ(『Villain』)

【脚本】ジェームズ・カミングズ

【撮影】マシュー・ルイス

【編集】アレックス・ファウンテン(こういう映画で編集って何。。。?)

【音楽】アーロン・メイ、デヴィッド・リドリー

【制作国/年】イギリス/2021年

 

キャスト

アンディ・ジョーンズ】スティーブン・グレアム

【カーリー】ヴィネット・ロビンソン 【ベス】アリス・フィーザム

【エミリー】ハンナ・ウォルターズ 【トニー】マラカイ・カービー

【カミール】イズカ・ホイル 【ビリー】タズ・スカイラー

アンドレア】ローリン・アジューフォ 【フリーマン】レイ・パンサキ

【ロビン】エイン・ローズ・デイリー 【サラ・サウスワース】ルルド・フェイバーズ

【アリステア・スカイ】ジェイソン・フレミング

 

 ロンドンの街角にある人気高級レストラン。一年で最も賑わうクリスマス・イブの一夜の出来事を、90分ワンカットで描く。

 オーナーシェフのアンディは多忙で既に二ヶ月まともな寝床で眠れておらず、別れた妻に預けた息子との大事な約束をすっぽかしてしまったらしい。移民含むスタッフ達のキャリアも態度も腕もバラバラ。そして開店直前に衛生管理検査が入り点数を下げられてしまう。

 気落ちするヒマもなく開店し、客が入り始める。今夜は一組サプライズ演出を控えたテーブルがあるが、他方、かつて同じレストランで働いていた旧友がなぜか料理評論家を伴って現れる。

 一分一秒を争う厨房では混乱が続き、面倒な客も続々訪れる。この人生の混乱は、一体いつ終わってくれるのだろうか。

 

 レストランの混乱を描いた映画というとスタイリッシュな『ディナーラッシュ』が代表的だが、意外とあの映画のお洒落感が気にくわない映画ファンも多いらしい。もしかするとそうした手合いが作ったのかも知れない裏『ディナーラッシュ』。

 そこでは三谷幸喜のオンタイム劇のような大団円へのお膳立ては無いし、狭い空間でカットが途切れないということは、イコール「このドラマ(サスペンス)を見ろ」と切り返しが指定してくれない訳で、観客はただただその混乱に付き合わされるしかなくなる。

 そして投げ出されるのは「ただこうした時間、場所があった」というリアルだけ。何せオンタイムで撮影されているからには、演技であろうともそこに写された時間は事実なのだから。

 非常に忙しない心理状態で見て、鑑賞前は自分の抱えているこの混乱はいつ終わってくれるんだろうと思っていたけれど、「世界はずっとこうだよ」と突きつけられてより混乱が増し、同時に救われたような気もした。映画はその果てに救いなど用意してはくれないけれど。

 「様々な社会問題を含んだ、ある切り取られた時間の普遍的な混乱」と思うと『ER』のワンエピソードと言われてしまえばそれまでかも知れない。

 ただしこちらはNYの救急病棟ではなくロンドンの人気レストラン。その下世話な舞台立ての興味だけで十分オンリーワンたりえる。

 長回しはどうしたってショットの強度が落ち、切り返しも使えないので、実は緊張感を抱くか抱かないかは観客の積極的な鑑賞態度に懸かっている。『ドロステのはてで僕らは』のような緊張感を抱かせてしまう長回しは段取り臭さが伝わってしまっているという点で、ある種フィクションとしては敗北だ。

 その点で本作は意外とリラックスして見れた。極論、長回しじゃなくても別に良い内容で、それでも本作は長回しを選んだ。常々長回しは「どこで終わりどう切り返すか」こそがミソだと思ってきたけれど、じゃあ本作の「終わり」とは……? と考えると、やはりこの話の逆算として長回しは必要だったんだろう。

 例えばカットを割った上で同内容を描くと、個別に抱えた問題が切り離されてしまう。けれど長回しである事によって、他者たちの嘆きも怒りも困惑もすべてアンディの世界の背景に広がっている。

 本作に救いがあるとすれば、その状況そのものなんだろう。劇中ではおためごかしもいいところのある瞬間がエンドロール後に映し出される。救いでさえない救い。「確かにその瞬間はあった」という。私たちはおためごかしでも、今この時たしかに一緒に、この世界の混乱を共に過ごしている。

 「忙しい最中についでで飛び込んだ映画館体験」としては至上のものでした。

 

 ステイーブン・グレアムと共に映画人生やって来たと言っても過言だけど過言じゃないので、小物の脇役として顔だった彼が、小物だからこそ担えたこの「モブ達の中心物」という主演の在り方に感じ入っていた。