すべてはアニメになる ー 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』感想

 

スタッフ

【監督・脚本】ダニエルズ(スイス・アーミーマン)

【撮影】ラーキン・サイプル

【編集】ポール・ロジャース

【音楽】サン・ラックス

【制作】ルッソ兄弟、ダニエルズ、ジョナサン・ワン、ピーター・タム・リー、マイク・ラロッカ

 

キャスト

【エヴリン】ミシェル・ヨー 【ジョイ/ジョブ・トゥパキ】ステファニー・スー

【ウェイモンド】キー・ホイ・クァン 【ゴンゴン】ジェームズ・ホン

【ディアドラ】ジェイミー・リー・カーティス 【ベッキー】タリー・メデル】

鉄板焼きのシェフ】ハリー・シャム・ジュニア

 

【あらすじ】

 経営するコインランドリーの税金問題、父親の介護に反抗期の娘、優しいだけで頼りにならない夫と、盛りだくさんのトラブルを抱えたエヴリン。そんな中、夫に乗り移った"別宇宙の夫"から、「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と世界の命運を託される。

 まさかと驚くエヴリンだが、悪の手先に襲われマルチバースにジャンプ!

 カンフーの達人の"別の宇宙のエヴリン”の力を得て、闘いに挑むのだが、なんと、巨悪の正体は娘のジョイだった…!

 

 オスカーおめでと記念&劇スに似ているとの評判を嗅ぎつけ鑑賞。

 とは言え「一風変わっててオスカー獲る系の映画」ってどこかノリ切れないハンパな試みが多いし、期待し過ぎないでおいたのだけど、一年前から話題は目にしていたのに実際の映像はほぼ目に入れてこなかった事が功を奏した。

 事前の期待値を遙かに越して楽しめたのは、確か。

 

 序盤、コインランドリーの日常をPTA以降といった作り込まれた画面密度とカメラワークによる空間構築で見せ、そこから車で遠ざかるジョイの涙でフッと弛緩させ、税務署でのやりとりからマルチバースが始まり、全然そこから移動しないままあらゆる見せ場が続く。

 映画内時間が持続して引っ張られて、あまつさえマルチバースで細切れになっていくクラクラするような混乱。

 こちらが映画に安心せず振り回されていく心地よさがある。

 分けても「ミシェル・ヨーがボコボコにされる」という事態の新鮮さ。この人のキャリアで一番欠けてたのは「弱さ」だったのかも知れない。しかも相手がジェイミー・リー・カーティス、それこそが何よりの映画ファンの夢。世代じゃないので思い入れはないが、キー・ホイ・クァンがその間に挟まってる事もきっと観客によっては感慨をより深めるのでしょう。

 税務署のやりとりが過剰さを帯び、吹き抜けを背にして闘技場のような空間に変貌していく様は『カンフーハッスル』筆頭にチャウ・シンチーお得意の飛躍で、そうかチャウ・シンチーマルチバースを題材にすればこういう映画にするかも知れないと(もっと構成はタイトに締めてくるだろうが)、まさかオスカー映画観に行ってそんな感想抱くとは。

 他のバースからエヴリンに呼びかけるチームのアナログ感は『マトリックス』か『エターナル・サンシャイン』か、そして『パプリカ』ライクにジャンプカットで別次元の同一人物が連鎖していく編集の面白さ。

 更にミシェル・ヨーの実際のキャリアさえ虚実綯い交ぜに利用される。

 

 映画史のあらゆる記憶をてんこ盛りにしながら、一本の映画としてはどこへ連れて行かれるのか予測できず、その全てが「マルチバース」を中心に据えて展開しているということ。

 シリーズ物と映画史の引用が飽和したアメリカで「形態」それ自体を主題にした映画がオスカーを獲る、この必然感が腑に落ちてくる。

 チャウ・シンチー的過剰さから一変、「エヴリンがスターになった世界線」は観客にとっても夢見る宇宙である為か、途端に香港や台湾のロマンチックなフィルムの撮影を匂わせる。

 そしてマルチバースモンタージュの中にアニメ映像まで混ざった瞬間、『MIND GAME』だ! と、そこまでも薄々感じていたものが確信に変わる。

 監督のダニエルズも『パプリカ』『MIND GAME』の名前を実際に出してるのは見終わって確認するまでもなく。

 

 面白いのが本作のお下品と言われるクライマックスのギャグ、完全に「劇場版クレヨンしんちゃんがクライマックスでやりそうな事」で大爆笑出来たことで、ただ影響元は普通にチャウ・シンチーだろうと思うと、『MIND GAME』を介してクレしんのお下品とチャウ・シンチーのお下品が繋がった。

 そのリンクに同時多発的な「感性のマルチバース」を感じて、マルチバースという事象をSF的な題材ではなく身近な心理表現としても描いているような本作の緩さ含めてちょっと不思議な気分になった。例えば「共時性」なんかもマルチバースを感じているのかも知れないなーとか。絶対上手く言えてないと思うのですが伝わるでしょうか。

 

 ただ本作、長い。

 

 実はチャプター2が始まった時、「二章に分けているように見えて二章目がほぼエピローグ」という小粋な構成なのかなと思いきや、普通にチャプター2もチャプター1と同じくらい長い、そしてチャプター3もある!

 ここら辺の「思いついたから回収できる要素は全部回収していき、結果やたらクドくなる」ところまで含めて日本の劇場版アニメっぽい! という、うんざりしながらの謎の感動が。なんでもアリ設定だとなんでも回収出来ちゃうんですよね。どこかで切った方が良い部分もある。

 もちろんこの物語は「エヴリンが娘の同性愛をより本質的に受け入れるまで」の混乱を描いているので、短くスッキリ収まるのもまた違うのかも知れないけれど。

 

 ところでTwitterの指摘では本作をADHDの人のアンコントローラブルな思考の飛び方を表現しているというものがあり、なるほどこういうところから理解を広げていくのもありなのかと、ADHDの一種を患っている自分としても得心がいくところがありました。

 俺は、絶えずマルチバースを行き来して生きていた……?