進んで進まないで ー 『劇場版 名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』感想

スタッフ

【監督・絵コンテ・演出】立川譲

【脚本】櫻井武晴 【原作】青山剛昌

【絵コンテ】寺岡厳 金井次朗 【演出】重原克也、高橋謙仁、横山和基、蓮井隆弘

【キャラクターデザイン・総作画監督】須藤昌明

【エフェクト作画監督橋本敬史 【撮影監督】西山仁 【編集】岡田輝満

【コンセプトボード】幸田和麿 【グラフィックデザイナー】志村泰央

【音楽】菅野祐悟

 

キャスト

江戸川コナン高山みなみ 【灰原哀林原めぐみ

【毛利蘭】山崎和佳奈 【毛利小五郎小山力也 【工藤新一】山口勝平

阿笠博士緒方賢一 【目暮十三】茶風林 【鈴木園子】松井菜桜子

【吉田歩美】岩居由希子 【小嶋元太】高木渉 【円谷光彦】大谷育江

【佐藤美和子】湯屋敦子 【白鳥任三郎】井上和彦 【黒田兵衛】岸野幸正

【安室透】古谷徹 【赤井秀一池田秀一 【沖矢昴】置鮎龍太郎

【風見裕也】飛田展男 【宮野明美】玉川砂記子

【ジェイムズ】土師孝也 【ジョディ】一条みゆ希 【アンドレ】乃村健次

 

キール/水無怜奈】三石琴乃 【ウォッカ立木文彦 【ジン】堀之紀

ベルモット】小山芙美 【キャンティ井上喜久子 【コルン】木下浩之

【ラム】千葉繁

 

【牧野洋輔】沢村一樹 【直美・アルジェント】種崎敦美

レオンハルト諏訪部順一 【エド神谷浩史 【丑尾寬治】沢木郁也

 

『あらすじ』

 東京・八丈島近海に建設された、世界中の警察が持つ防犯カメラを繋ぐための海洋施設『パシフィック・ブイ』。本格稼働に向けて、ヨーロッパの警察組織・ユーロポールが管轄するネットワークと接続するため、世界各国のエンジニアが集結。そこでは顔認証システムを応用した、とある『新技術』のテストも進められていた――。

 一方、園子の招待で八丈島にホエールウォッチングに来ていたコナン達少年探偵団。するとコナンのもとへ沖矢昴(赤井秀一)から、ユーロポールの職員がドイツでジンに殺害された、という一本の電話が。不穏に思ったコナンは、『パシフィック・ブイ』の警備に向かっていた黒田兵衛ら警視庁関係者が乗る警備艇に忍び込み、施設内に潜入。

 すると、システム稼働に向け着々と準備が進められている施設内で、ひとりの女性エンジニアが黒ずくめの組織に誘拐される事件が発生…! さらに彼女が持っていた、ある情報を記すUSBが組織の手に渡ってしまう…。

 海中で不気味に唸るスクリュー音。そして八丈島に宿泊していた灰原のもとにも、黒い影が忍び寄り…。(公式サイトより)

 

 みんなの初恋「灰原哀」のヒロイン性がこの上ない大サービスで展開される回。

 新一への片思い、命を狙われている儚さ、ツンケンしているようでストレートな反応の数々が見せる、精神年齢は大人に近い少女/見た目年齢相応の純心とのギャップ、そして姉・宮野明美への想い。

 そこに加えて彼女が「慕われる側」に回る新たな関係性まで登場する上、最後にはベタも衒わずロマンスの見せ場が。

 他方、彼女を動かすと「黒ずくめの組織」が景気よく動け、「黒ずくめの組織」を動かすと各勢力も自然と動かせるので、新たな舞台・新たな事件の説明・展開の間にもひっきりなしに見せ場を挟むことが出来る。

 安室が100億の男だなんて言われてますが*1、最初から灰原という特大ポテンシャルの大玉を懐に抱いていたのだ。

 ラストにはみんなが25年来に渡って抱いてきた願望が統合思念場面となって実現する。恐らく林原めぐみさんも「ここがピークかも知れない」と想って演じてるのではないかなんて邪推。

 

 立川監督の本領である、バリエーション豊かな画面をシャープな直線として使いこなすサスペンスも今回はミクロにマクロに使い分けられていて、前作より大野克夫の後を継いだ菅野裕悟*2の劇伴が若返った事もあり、その場その場の魅せ方が巧い。

 白眉はやはり灰原誘拐シークエンスで、蘭、阿笠博士の見せ場まで続くところ。蘭というイレギュラーな化け物の行動でブレたキャンティの視線とコナンの視線が的確に遠距離で交錯する件はひたすら演出が上手。

 ULTIRA上映で聴くと銃撃戦やコナンのキック力増強シュートの迫力がワイスピみたいな事になっていた。

 

 そんな銃撃で輝くキャンティ、コルンを始め、今回は黒ずくめの組織の活躍もバッチリ。ウォッカ、ジン、特にウォッカが本来とても恐ろしい奴なのだとわかる些細な判断の倫理観の外れ方と、そんな連中に灰原の正体が気づかれた緊張感も、これは灰原のロマンスと同じくらい全コナンファンが待ち望んでいた「本筋の進展」なんじゃないだろうか。

 

 まあ ――― 最後には元に戻っちゃうんですけどね。

 

 コナン見るたび言い続けてる。もう本筋進めていいだろうの思い。

 ウォッカが急にキールになんでも説明してくれる件は愛嬌としても、ジンはもう積極的に本筋を進めないことに協力しているように見えてくる。そりゃジン仲間説も有力になろうて。

 しかしこれが映画全体の推進してきたカタルシスを大いに削いで、むしろエンタメ性の足枷になっているのだ。そろそろ読売グループの命運よりファンの期待に応えてもいいのではないでしょうか。フジサンケイグループの命運を担っているONE PIECEは割とガンガン話を進めているけどまだ安泰でしょうに。

 

 冒頭いきなり割とエグい殺害シーンがあったり〈大人向け)、ゲストキャラ:直美・アルジェント*3の父の名前がマ(ダ)リオ・アルジェントだったり(オタク向け)、しかしクイズコーナーはバッチリあったり(子ども向け)する作品内の揺らぎが相変わらずノイズで、コナン世界に入りきれない自分もいる。いやクイズコーナーもう良くない? 幼児はみんなマリオ見てるよ!

  

 灰原の独壇場かと思いきや、振り返れば敵組織の中で単身命張って動くキール、ゲストキャラだけど設定的に芯を喰っている直美、そして犯人のアイツ*4と、ちゃんと印象的な存在感をそれぞれ残すのでスケール感や見応えはたっぷり。これだけの要素をさばききる立川演出、何より櫻井脚本の職人芸。立川監督の創りたいものは『BLUE GIANT』かも知れないけど、コナンの方が遙かに楽しめたなぁ。

 

 コナン映画の、「自宅で見ると『ふーん』だけど映画館で観ると身体が充足するハリウッド的スペクタクル」の魅力は、紛れもなく「映画体験」になっているので、客席の活気含めて定期的に摂取したくなる。

 

 子供の頃、ちょっと好きだった気がする灰原への情緒を、子供の頃、自分の心のやらかい部分を仮託していたスピッツが歌い上げてくれるのも、巨大な伏線回収の場に立ち会えたような感慨で、そうした感慨の分だけ「でも本筋は動かない」というフラストレーションも同居してしまうのが些か、いやかなり難でもあるのでした。

 

*1:じゃあなんでハサウェイは100億いかなかったんだよ!

*2:今年、映画監督デビューは流石に驚き

*3:デス・パレード』から立川監督の切り札であった種崎敦美さんの大役起用嬉しい

*4:このキャラの設定、時節的にイヤなリンクしちゃうので素直に楽しめませんでした