※当記事では最初のクレジットからずっとネタバレに触れています。
スタッフ
【監督】ジョン・ワッツ
【脚本】クリス・マッケナ エリック・ソマーズ
【撮影】シェイマス・マクガーヴェイ
【音楽】マイケル・ジアッチーノ
キャスト
【ピーター・パーカー】トム・ホランド【MJ】ゼンデイヤ【ネッド・リーズ】ジェイコブ・バタロン【ドクター・ストレンジ】ベネディクト・カンバーバッチ【ハッピー】ジョン・ファブロー【メイ・パーカー】マリサ・トメイ【フラッシュ】トニー・レヴォロリ【ノーマン・オズボーン】ウィレム・デフォー【ドクター・オクトパス】アルフレッド・モリーナ【エレクトロ】ジェイミー・フォックス【サンドマン】トーマス・ヘイデン・チャーチ【リザード】リス・エヴァンズ【J・ジョナ・ジェイムソン】J・K・シモンズ【ピーター・パーカー3】アンドリュー・ガーフィールド【ピーター・パーカー2】トビー・マグワイア
全世界一斉公開から一ヶ月、「全世界」からあぶれたマルチバース日本での公開からも一週間が過ぎたものの、運良くネタバレを避けて鑑賞に臨めた事が功を奏し、ドラマ版そのままにチャーリー・コックスが演じるデアデビル登場のジャブから先、ひたすら過去のスパイダーマン・ユニバースに於ける懐かしの顔ぶれの再登場だけで本編ほとんどの興味を持続させられる。
当然ながらここに揃う顔ぶれが担っているのはスパイダーマンだけではない、映画史的な記憶の数々でもあって、これが主にMCUでキャリアを上げたキャストが一同に介するアベンジャーズでは与えられなかった、言外の感慨を数多に滲ませる。過去二作に於いても世界の危機より修学旅行の危機が一大事だったトム・ホランド版スパイダーマンが同級生のMJとネッドを連れてストレンジ先生に引率され高校時代の最後に旅したのは、過去の映画という観光名所だったのだ。
わけても印象を強くするのは年輪をその皺に刻んだトビー・マグワイアとウィレム・デフォーだろう。ゴブリンの呪いから解放され弱ったノーマン・オズボーンをメイが庇護すべき弱者と見做したこともすぐに説得させられてしまう狼狽の芝居、これだけのスターが揃いながら格の違いさえ見せつけ未だピーク真っ盛りなウィレムの芸と、弱々しげな笑顔が旬の過ぎたかつての若手スターを物語るトビーの哀愁(トビーは製作側に回り多くの作品を手がけているので実際はバリバリ現役)。
また、シリーズのファン誰もが涙せざるを得なかっただろう、アンドリュー・ガーフィールドがグウェンの代わりにMJを救う「ありえなかった救済」。
「大丈夫?」「あなたこそ大丈夫?」ここら辺は涙でスクリーンを見ていない。こんな粋なシーンが一つでもあればマルチバース展開はそれで許せる。
もちろん歪みは多々ある。本編でも最後改心したオクトパスやリザードやサンドマンと改めて戦う理屈がわからなかったり、そもそもライミ版のスパイダーマンは綺麗に完結しているので今さらわざわざ引っ張り出すにしてはトビーとゴブリンの決着がアンドリューのそれほど感慨をもたらさなかったり。
しかしそうした細部の粗雑さは、本作のマルチバースがドラマ上はあくまで、今までもホームレスの為の慈善パーティーを開いてきたメイ・パーカーの慈善精神の称揚と覚悟、それが真に「親愛なる隣人」たるスパイダーマンに継承されるという主軸の為に用意されたからこそ。冷笑の時代に大作が描くべきテーマとして誠実。
最後の修学旅行を終え育った家を巣立った一人の若者が、高卒認定試験の勉強用具を抱え新しい人生を始めるところで、この賑やかだったシリーズは一旦の終焉を迎える。
マルチバースとは元よりMCU全体の事でもあった。独立したシリーズだったトビーやアンドリューのスパイダーマンとは違い、最初から賑やかな社会と繋がっていられたトム・ホランドが、最後にその繋がりを絶ち、一人の人間として社会に向き合うことになる。きっとメイが手をさしのべてきた人たちが生きている、かつて家族の為にトムの前に立ちはだかったバルチャー達が生きているような、他のどこでもない「この世界」に出立する。
これから先、世界に忘れられ孤独に追いやられようと、楽しかった旅行の思い出は君の中に生き続けるよ。
コロナ禍の撮影の影響か、或いは(この可能性が高そうだが)ネタバレ流出を恐れてかアクションの舞台、規模が全体に地味であり(撮影のシェイマス・マクガーヴェイは『アベンジャーズ』の人であると同時にギャレゴジのカメラマンだ)、それ自体華やかだった学生時代のピークの終了を伝える、と言えば聞こえはいいが視覚的な目新しさは豪華キャストの割りに弱かったりする。複数スパイディー同時戦闘の位置関係が判りづらく、自由の女神像をフィールドとして使いきれていたか怪しい。豪華キャストがストレンジの仕切り部屋に囚われている方が画としては面白かった。
J・K・シモンズ編集長をまったく活かせなかった点は残念。
それでも月夜の自由の女神の輪郭に、二匹の蜘蛛が掴まっているショット。海外の劇場リアクション動画を見たらあそこで大盛り上がりだったが、あれは実は三人のスパイダーマンが抱き合うよりも鳥肌が立った名場面だったなと思う。
言葉にならないほどの感慨に動揺が走り続けた鑑賞体験。より感動したのは『エンドゲーム』の方だとしても、全身で浴びる感慨に於いては本作の方がずっと大きかった。
ところで今後のMCU、「ストレンジ先生のうっかりで世界が大変な事になった」を前提に進めていくの正気ですか?