それでもウタは鳴り響く ー 『ONE PIECE FILM RED』感想

 

スタッフ

【監督】谷口悟朗

【脚本】黒岩勉

【原作・総合プロデューサー】尾田栄一郎

【音楽】中田ヤスタカ

【キャラデ・総作画監督】佐藤雅将

【美術】加藤浩

【撮影】江間常高

【編集】検索しても出てこず。どなたでしょうね、編集が主役の映画。

 

キャスト

モンキー・D・ルフィ田中真弓 【ウタ】名塚佳織/Ado(歌唱) 【赤髪のシャンクス】池田秀一 【ゴードン】津田健次郎 【ロロノア・ゾロ中井和哉 【ナミ】岡村明美 【ウソップ】山口勝平 【サンジ】平田広明 【トニートニー・チョッパー大谷育江 【ニコ・ロビン山口由里子 【フランキー】矢尾一樹 【ブルック】チョー 【ジンベエ】宝亀克寿 【シャーロット・オーブン】木村雅史 【シャーロット・ブリュレ】三田ゆう子 【トラファルガー・ロー神谷浩史 【ベボ】高戸靖広/上田麗奈 【バルトロメオ森久保祥太郎 【コビー】土井美加 【ブルーノ】佐々木誠二渡辺久美子 【ベン・ベックマン】田原アルノ 【ヤソップ】小林通孝 【サカズキ/赤犬立木文彦 【ボルサリーノ/黄猿置鮎龍太郎 【イッショウ/藤虎】沢木郁也 【カリファ】進藤尚美 【ロブ・ルッチ】関智一 【チャルロス聖】茶風林

 

 スタァライトの極爆上映を前に初めて訪れた立川シネマシティ、シネマ・ツーa studioにて鑑賞。Adoの歌声以上に腹の奥に響くリズムが前のめりに作品世界に誘う面白鑑賞体験。

 TVアニメ以前、最初のONE PIECEOVA以来24年ぶりにワンピースの世界に帰ってきた谷口悟朗監督作品。アニメ見始めた頃『プラネテス』『コードギアス』を一気見してオタクになるきっかけをくれた一人だった谷口監督、他にも未見ながら『無限のリヴァイアス』『スクライド』『ガン×ソード』と語りぐさの伝説のアニメを沢山持っている大巨匠、の筈なのに、自分がリアルタイムでアニメを追うようになってからは、B級的な楽しさは維持しつつも話題になることはなく、どんどんその存在感が軽くなっていく印象。

 名作コードギアスの粗雑な映画化からも、或いはファンタジスタドールを野崎まどがノベライズ化した際の、最初からそうなる事は(アニメより小説が評価されてしまう事は)わかっていたかのようなあとがきに寄せた負け惜しみのような文章からも、ご本人は常に若く、最前線にいたい人なのだと思う。きっと「巨匠」じゃ嫌なのだ(邪推ですよ)。

 その欲求が「Vチューバーっぽいパフォーマンス*1」「ガルパン以降の体感型劇場アニメ」「ボヘミアン・ラプソディ以降のライブ型音楽映画」「ワンピースの始まりを知っているO・RE」という諸要素を余さず織り込み、そして谷口作品の良さであるスピーディーさ、ここでは絶えず必要な間をワンテンポ早く前のシーンにのめり込ませる、実は音楽鳴ってない部分でも音楽的な時間操作術で麻薬的な快楽を生んでいる。

 ベポのギャグなどで笑いが死んでいるのは、そうした「間」の可笑しさを引き立てるには前提である通常の時間が1.5倍速くらいの体感で流れているから。

 

 そうした性急さの引き替えにギャグだけでなくお話も死んでおり、始まった時点で破綻の明解なウタの独善がひとつずつ後出しジャンケンで剥がれていくだけの話は、ルフィに対するアンチテーゼたり得ていない。だからルフィは感情のぶつけ先がなく、ウタの心配しか出来ない。この点は『オマツリ男爵』からさえ後退している*2

 ウタの「ここから世界へ届けようとする」願いはすべて「海賊として自ら嵐に飛び込んでいく」ルフィの正反対、片割れ、相互補填しうるものなので、最後にルフィと一つになって完成する。*3

 

 まず冒頭の「海賊という存在の諸問題」について途中で完全に忘れ去られる(或いは海軍と相対化して霧散する)のも問題ながら、ウタの意志もまた、要素としては流行りを取り入れつつ「若い子は思い上がっちゃってダメですね(ズズ…)」と、インターネットを傍観するマジョリティのジジイが溜飲下げて終わる程度の保守的極まりない退屈な「事実」だ。

 しかしその「事実」を引き受けた上でウタは歌う。その歌声が遍く海賊時代に響いているとするエンドロールに真のゴールがある。

 「エンドロールを経てのオマケ」にここまで意味を与えた映画も珍しく、その過程を経て今までどうにも目的や理想のよくわからなかったルフィという中心の空白に巨大な主題が与えられるのは数十年越しのカタルシスがあった。

 

 「話の弱さにウタの音楽が勝つ」という映画内要素のせめぎ合い。ここにやっぱりスタッフのエゴさえ大きく上回ったAdoという時代の寵児のオーラとシンプルに歌唱法のバリエーションの豊富さがあり*4、若くあろうとする谷口監督の欲求が刹那的に、おそらくは音響の良い映画館の中で最大限に適った、大航海時代のロマンに似た夢があった。

 

 

 オールスターを『スタンピード』で終えたので、脇役を揃えて活躍させるのも個人的に非常に好みでした。

 

 ウタに思い入れると引きずること必至ですが、古くはドラえもんのバギーちゃん、クレしんの青空侍につばきちゃん、近年では鬼滅の刃の煉獄さんに呪術廻戦のリカ、そして来たる劇場版チェンソーマンのレゼ(あるでしょ)、映画館がこうした特別な出会いと別れの時間として機能するのであれば、個人的には非常に好みです*5

 

 結論:久々の映画館サイコー。

*1:実際にモリ・カリオペと星街すいせいのバーチャルライブを目にした時の衝撃には正直まったく及んでいなかったけれど

*2:流石に『竜とそばかすの姫』から一年は短いので真偽はともかく、細田守への挑戦状とも取れる

*3:ここでルフィに余計なことは言わせず、表面上はあくまで異なる生き方がそこにあったとだけ示して終わる見せ方は、実は泣きに走った時よりもワンピース世界の本当の美学だと思うので良かったですね。

*4:彼女が引き立つよう最大限歌唱シーンまでの「音」の持っていき方を支えた名塚佳織の技巧も素晴らしい

*5:だからこそ『進撃の巨人』のラストも映画館で観たかった