その時、そこにいた人 ー 『朗読劇 佐伯沙弥香について ーやがて君になるー』感想

 

スタッフ

【演出】葛木英 【脚本】鈴木智晴(劇団東京都鈴木区)

【『佐伯沙弥香について』著】入間人間 

【『やがて君になる』原作・イラスト】仲谷鳰

【美術】中村友美

【音楽】MARINA NEO

【振付指導】maco

【映像】川崎真司(T.K.C)

【照明】田中徹(テイク・ワン)

【衣装】木村春子花桃ワードロープ)

【ヘアメイク】茂木美緒/杉浦なおこ/嘉山花子

【プロデューサー】辻圭介(トライフルエンターテイメント)

【主催・制作】トライフルエンターテイメント

 

キャスト

【佐伯沙弥香】礒部花凜

【七海燈子】小泉萌香

【柚木千枝】七木奏音

【語り女/小糸侑】河内美里

【語り男/槙聖司】伊崎龍次郎

【久世会長/アンサンブル】遠藤拓海

【文芸部員/アンサンブル】佐藤和斗

【吉田愛果/アンサンブル】内田彩

【五十嵐みどり/アンサンブル】丸茂寧音

 

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と、言った経緯を経て、延期した『舞台 やがて君になるEncore』の代わりに公演される事になった『朗読劇 やがて君になる 佐伯沙弥香について』。

小中学校時代、高校時代、大学時代を描いた原作既刊3巻の内、柚木千枝との出会いと別れを描いた中学時代、七海燈子との出会いと失恋を描いた2巻までの内容を、舞台前作(及び原作)と時にクロスさせながら描く。

時系列的には、『Encore』よりも一足早く前作を追い越した形。

 

『朗読劇』とは言え、↓のコメンタリー動画で本人達も「まさか台詞全部覚える事になるとは」「台本邪魔」と語る通り、実質舞台のように立ち回る芝居となっているが、コロナ禍のソーシャルディスタンスを模索している段階らしく役者間との距離は保たれている。擦れ違う瞬間など距離が近づく場面は勿論あるが、冒頭の鮮やかなOPコレオグラフィが物語るように、〈振付指導〉の付いた効果的なものとなる。つまりその距離こそが本作の主題なのだと。

 

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 ソーシャル・ディスタンスを保った役者間の距離が、本作と原作の持ち味を自然とフィットさせる。

 開幕、露わになる舞台装置は高低差バラバラの足場と、その上にある、白いレースのカーテンによるたくさんの仕切り。

 初演、Encoreが三角形の頂点から下に広がる形で、小糸侑、七海燈子、そして沙弥香の人生の主観とそこに関わる人達の姿を象徴的に配したのとは異なり、ここでは擦れ違う人たちが、たまたま同じ視点に居合わせた時にだけーー距離を開けたままーー寄り添った、その記録となっているのだ。

 初演で幾度となく登場する(『Encore』と違い、アングル的には判りづらい)キスシーンは白眉と言えば白眉に間違いないのだが、演出主導ではなく河内美里・小泉萌香が自分たちの感情の流れに沿った形で発案した役者主導のアイデアである。それこそが本作により切実な交感をもたらしているとして制作者は重視し、コロナ禍でキスを出来ないのであればと『Encore』の公演をズラしたのだが、では本作『ささつ』にキスシーンが無いのかというと、あるのである。

 侑と燈子のキスシーンに比べて沙弥香と千枝先輩のキスシーンにはホンモノの交感が無いから直接接触を果たさずとも構わない、のではなく。『やが君』本編が個人の主観に則った人生のドラマを描いたのに対して、『ささつ』が描いている、キスをしてさえ触れ合わない人と人の心の距離こそが「佐伯沙弥香」というキャラクターのテーマでもあるからなのだろう。

 

 言ってしまえば三角関係の鞘当て、にすらなれない、凡俗に表すれば負けヒロインなのだが、同時に『やが君』世界で主人公達を差し置いてもっともその人生を詳細に語られる生きたキャラクターでもある佐伯沙弥香。

 心配するくらい役に思い入れている礒部さん自身が何度も「こんなに私たちが生きて子供から大人になるまで様々な感情を習得していく様を等身大で描写されきったキャラは珍しい」という旨語っているのも納得がいく小説『ささつ』は、繊細な地の文が紡ぐ内容が、すべて情景描写のようであって沙弥香と世界との距離感の変化になっている*1

 かつてマクロだったものがミクロになり、昨日までの感覚を脱皮して気が付けば次の皮膚を纏い、日々変動していく固定されない「心」の中に、固定しうる「アイデンティティー」を発見していく。では何故心が固定されないかと言えばそこに他者が混じり、日常に波が生じるから。軽薄で素敵だった柚木先輩との恋も、大切にして失敗した燈子との恋も、その過程として等しく沙弥香の経験として蓄積していく記録が『佐伯沙弥香について』なのだ。

 

 ドアであり窓を思わせる白いカーテンがいくつも何度も開いて閉じて、開いて閉じて。その時、そこにいた人と目が合って、やがてそれぞれカーテンの向こう側へ去って行く。

 この美術のシンプルな人生表象が鮮やかに少女の成長を時に突き放し、時に見つけだす繰り返し。放課後の教室で、森の中の生徒会室で、もしくは実家の自分の部屋で。風に吹かれ、まどろんでいる間にすべて目の前を素通りして過ぎ去ってしまった、けれど一生涯忘れることはないだろう沙弥香の恋心を、そっと見守るように。

 

 初演ではキャスト達の感情が、朗読劇ではコロナのもたらしたソーシャル・ディスタンスが、適切に作品の主題とリンクしている。この美しい軌跡をして、2.5次元舞台の中でも女性陣の関係性がメインとなる新機軸を開拓したとされるスマッシュヒット・シリーズ『舞台 やがて君になる』を特別たらしめているのだろう。

 

 白と緑の爽やかで涼しげな色彩感覚が目に優しく、何より痛々しくすら映るマウスシールドを含めて、映像に記録された「あの頃の舞台」としても貴重な、とても価値のある一作。

 

 

*1:大変ありがたい事にフォロワーさんにささつ全巻いただけたのですが、舞台に合わせて焦って読むのが勿体ないので少しずつ味わっております