少し間が空いて今年になって初の「映画の採点」シリーズ。
近々に見た映画20本の感想を採点形式でまとめて振り返るものですが、どちらかというとあらすじにまとめて自分の中で参照しやすいように記録しておくことが一番の目的であり、映画に採点するなんて不毛なことです。
「配信映画の採点」では、国内配給の際に配信サイトの名前を冠したオリジナル作品の感想に絞っています。
AMAZON STUDIO
『シンデレラ』
【採点】A
【監督】ケイ・キャノン
【制作国/年】アメリカ・イギリス/2021年
【概要】『ピッチ・パーフェクト』の脚本家ケイ・キャノンによってリブートされた名作童話。hiphopやポップス、ロックの名曲もアレンジして引用され、元フィフス・ハーモニーのシンガー、カミラ・カベロを主演に現代的な逞しいシンデレラ像を綴る。
【感想】
ひたすら軽いのだけど、その軽さが舞台を原案にしたミュージカル映画にはない映画的な編集の奔放さも獲得出来ているので、生理的に心地良い。シンデレラと継母のシンパシーが最後に残る他、アレンジは施されているとはいえ本筋はそのままなので説明しなくてもいい情緒に時間をかけず、歌って踊る愉しさに全振り。
現代的シンデレラと言えばドリュー・バリモア主演の快作『エバー・アフター』があったので、そこから進化してるかというとそうでもない気もしますが、改変領域としてはここら辺でちょうど落ち着いたということかな。
『ブラック・アズ・ナイト』
【評価】C
【監督】マリット・リー・ゴー
【制作国/年】アメリカ/2021年
【概要】未だ十五年前のハリケーン・カトリーナの爪痕が生活を苦しめる黒人低所得者層団地(プロジェクト)。少女ショーナの母は救われないままここで生きていた。ある晩、ショーナはホームレスを襲う吸血鬼に噛まれるが、なんとか命を取り留める。しかし母は吸血鬼と化し、陽に当たり灰と化してしまった。そしてショーナの忘れられない夏が始まる……。
【感想】
低所得者層は低い土地で暮らし、低い土地はハリケーンで流される。そうして住む場所を着々と失っていく。だから立ち上がるのだ、というBLMのテーマをヴァンパイアハンターの青春映画に置き換える。ジャンル映画としては死ぬほどユルいし、ルールをハッキリさせて欲しかったり、結局なんで父は母を孤独に追いやったままなのかスッキリしない部分もあるのだが、ハロウィンにはこういうユルいB級映画が大事なのだ。
ウェズリー・スナイプスネタでニヤリとさせたり、黒人差別の歴史を描きながら「怒る黒人」を殺して終わりというモヤモヤ感だったり、しょうもないオチだったり、全てが程ほど。過度な期待は禁物。
『インフィニット 無限の記憶』
【評価】B
【監督】アントワン・フークア(イコライザー)
【制作国/年】アメリカ/2022年
【概要】命知らずの追いかけっこをする者たちがいた。「原点で会おう」そう言い残して命を散らしていく。彼らは生まれ変わり続ける人類、インフィニット。その中には希望を繋ぐ為に生まれ変わる「ビリーバー」達と、この呪われた血を終わらせようと動く「ニヒリスト」達がいた。そしてここに、幼い頃見た「存在しない記憶」によって統合失調症と診断され、人生の狂った男がいる。自分がかつて日本の刀匠であったかのような記憶。彼の力を巡り、インフィニットの飽くなき抗争が再び繰り広げられる。
【感想】
これぞ文句なきB級。日本のアニメみたいな設定とベッタベタ過ぎる構成、そして『イコライザー』とのギャップで激し過ぎるアクション、それらをひたすら職人として小気味よく繋いでいくフークアの地肩がモノを言っている(↓に書いた『Guilty』リメイク版の事は忘れよう)。そして潔すぎる結末。飛ばして飛ばして帰ってこない。人の命を燃やす楽しいB級アクションは、永遠の輪廻をサイクルしながら続くのだ。僕達を楽しませる為に。
『ノクターン』
【評価】A
【監督】ズー・クアーク
【制作国/年】アメリカ/2020年
【概要】音楽学校に通う双子のジュリエットとヴィヴィアン。ヴィヴィアンは才能を教師に評価され、ボーイフレンドも出来て、ジュリアードへの進学も決定している。地味な青春を音楽に捧げてきたのに自分は何故。教える先生が悪いんだと密かなコンプレックスを抱くジュリエットは、最近自殺した優秀な女生徒が残した日記を発見する。そして発表会でサン=サーンスの代わりに、実在するイタリアの作曲家タルティー二が「悪魔がヴァイオリンを演奏する様を夢で見て作った曲」『悪魔のタルト』を演奏することに惹かれていき……。
【感想】
新旧『サスペリア』がそれぞれ特化した方向で目を眩まされがちだけど、実は「音楽学校を舞台にした静謐な恐怖譚」として私達が本来イメージする話はこれなんじゃないか?と思える美しい心理劇。ホラーとしてはまるっきりインパクトに欠けるので批判されても仕方ないけど、環境、才能、そうした生まれもっての「どうしようもなさ」について、選ばれなかった者たちが抱く劣等感、絶望感、せめてものあがきと誠実に向き合った掌品。ひねりの無さもそれ故のことと好意的に受け取った。嫌いにはなれない。
劇伴のギョッとするコーラスも好き。
【評価】A
【監督】バート&バーティ(ダンス・キャンプ)
【制作国/年】アメリカ/2020年
【概要】人の声は音波になって、いつか宇宙の果てで誰かに届くーー。そんな発想から、1977年、NASAは地球の子供達の声をボイジャー探査機に乗せて宇宙に飛ばすゴールデンレコードを計画する。ゴールデンレコードにはジャンボリーで優れたガールスカウトのトゥループ(部隊)の声が選ばれると知り、おねしょ体質で周囲から浮いてる少女クリスマスは小汚いはぐれ者女子を集めてトゥループ・ゼロを結成。選ばれる為の「バッジ」を手に入れようと奮闘するが……。
【感想】
ジョージアのトレーラーハウスで暮らすコミュニティのろくでなしな大人達と、その傍ですくすく育つはぐれ者の子供達。みんなに等しく注ぐ視線が優しく、開放的で暖かい。『リトル・ミス・サンシャイン』とか『ウィン・ディキシーのいた夏』とか大好きマンとしてはニッコニコして無心で見て、たびたびホロリときていました。本当に好きな映画に出会うと特に感想とか無いですね……。
「ここにいるよ-!」。
ヴィオラ・ディヴィスの良い仕事が続く。しかし本作のような良作までが劇場未公開というのはアメリカ映画界本当どうしちゃったんだろう最近。
『エルヴィス&ニクソン(エルヴィスとニクソン~写真に隠された秘密~)』
【評価】D
【監督】リザ・ジョンソン
【制作国/年】アメリカ/2016年
【概要】俺、愛国者プレスリーは思ったね。近頃の若者達はビートルズにかぶれて、ドラッグで命を散らし、ブラックパンサーだの、左翼の活動家だの、共産主義のヒッピー共がアメリカという国家を脅かしてる。このプレスリーが従軍して守ったアメリカをだぞ? だからプレスリー、友人のジェリー・シリングを呼び出してこう言ってやったって訳。ニクソンに会いに行こう。そして俺を覆面捜査官に任命してもらおう、ってね。
【感想】
実在するニクソンとプレスリーの2ショット写真を元に、彼らがホワイトハウスで僅かな会談を交わしたその日、何があったのかをマイケル・シャノン(プレスリー)、ケヴィン・スペイシー(ニクソン)の物まね芸と共に綴る。揃って保守的で対立項など無い二人なのでさしてスリルはなく、他にもぞろぞろ揃った個性派俳優達の軽妙な芝居で間を埋めていく、人を食ったような映画。
そういう楽しみ方をすればいいと気づくまでに時間がかかってしまった。『フロスト×ニクソン』とは違う。
【評価】A
【監督】トッド・ヘインズ(キャロル)
【制作国/年】アメリカ/2017年
【概要】1927年、ニュージャージー州ホーボーケン。聾の少女ローズは父の用意した家庭教師を窮屈に感じ、切り抜きを集めている女優リリアン・メイヒューのことを想っている。ある日、ローズはリリアンに会いに単身、ニューヨークへ飛び出す。
1977年、ミネソタ州ガンフリント湖。母を失った少年ベンは身を寄せる親戚の家を不便に想い、どこかにいるだろう父の手がかりの本「ワンダーストラック」をヒントに電話をかけていた。その時、落雷が! 電話線を通して耳をやられ、ベンは聾になってしまう。パニックに陥ったかに見えたベンだが、隙を見て病院を抜け出し、父を探しにニューヨークへ飛び出す。
【感想】
二つの時代、のみならずカラー/モノクロ、サイレント/トーキーの境界を融解させていく。鈍重に停滞することもなければ軽快に切り上げることもなく、カメラ越しに手で触れてあるかのように柔らかくシーンを運んでいく。その為に、子供達の目にとってウソがないよう、2つの時代の画面作りが徹底している。カラコレだけでなく、恐らくエキストラの服装から車から、全て作り込んであるんだと思う。
時代を超えて、耳の聞こえない少年少女の冒険はどこへ行き着くのか。そこにある景色に目を凝らし慈しむ、原初的なカメラへの、つまり童心を通した世界への魅惑が宿っている。
ずっと過去への憧憬に縛られて映画を作り続けてきたトッド・ヘインズが、過去を通して今に帰ってくる為に必要な道程だったようにも思える。
『タイム』
【評価】B
【監督】ギャレッド・ブラッドリー
【制作国/年】アメリカ/2020年
【概要】16才で出会い恋に落ちたロバートとフォックス。やがて子供にも恵まれるが、二人は立ち上げたビジネスの経営不振から銀行強盗を起こしてしまう。フォックスは無事任期を努めて釈放されるも、夫ロバートの懲役は60年。これは彼女が撮影した20年間のホームビデオと、現在の家族の姿を映したドキュメンタリー。
【感想】
事前にNETFLIXで『13th 憲法修正第13条』を見ておくと本作が、というかフォックスが何に憤り何に戦っているのかよくわかると思うし、これからのアメリカ映画はそこをいちいち説明しないのだろうと思う。同時に知らないと飲み込みづらいかも。
本作は全編モノクロで綴られる。その異化効果に何を意図させているのか憶測の余地は多いが、何より純粋にフォトジェニックなフィルムとなっている。しばしばアメリカのドキュメンタリーはエンタメ的な装飾に終始していると例えば想田和弘監督などは指摘するけど、そんな事作り手も重々承知で、そもそもが本物めいたまがい物である「ドキュメント」をどのように刈り込むか、本作はそこに「時間」を映そうと決めた。その手段としてモノクロを試した。結果映し出される「時間」の美しさ、逞しさ、脆さ。
『ゲット・デュークド!』
【評価】A
【監督】ニニアン・ドフ(ケミカル・ブラザーズ『We've Got To Try』MV)
【制作国/年】イギリス/2019年
【概要】スコットランド、ハイランド。見渡す限り丘陵と崖しかない土地に連れて来られた4人の男子学生。このままエディンバラ公爵(Duke)の名を冠したオリエンテーションをクリアすれば箔が付くというが、ホームスクール育ちのイアンが組んだパーティーは、大麻大好きのバカだらけ。「ここはハイランドだ。道に迷えば死ぬ」
彼らはバカだから気づかないが、掲示板には大量の若者の行方不明届が貼られていた…….。
【感想】
言ってしまえば『ホット・ファズ』のハイランド版だけど、ティーンの男子達が主役なのでアメリカンコメディ的な感触も混ざり、そこに「ハイランド」という圧倒的目に豊かな青くだだっ広い草地でラリって狂騒を続ける楽しさが唯一無二の魅力を醸し出す。やってる事のくだらなさとは別に、さりげなくも撮影が巧い。コメディなのでネタバレしてもしょうがないが、しいて言えば完璧な映画。本当に楽しかった。大好き。
根底に反骨精神を忘れていない作品でもあって、こう、日本のバカ映画とされているうるさいだけの作品群に足りないのはこういう「芯」なんだろうなぁと。
『呪われた老人の館』
【評価】B
【監督】アクセル・キャロリン
【制作国/年】アメリカ/2021年
【概要】脳卒中を患ったジュディスは、不本意ながら老人ホームに入居させられる。娘はとりつくしまがないが、孫は優しい。まだ元気なのにこんな場所にいてたまるか。しかし隙あらば認知症が疑われる館の中で、ジュディスはルームメイトの女性が毎晩何者かに襲われている姿を目にしてしまう。これは痴呆の起こす幻覚なのか、この館に潜む何かの仕業なのか……。
【感想】
吹替え版しか入ってなくてビックリ。
迫る老いの恐怖、認知症の恐怖、孤独の恐怖が身に詰まされる一方、肝心のホラー的な恐怖はだいぶ控えめ。それでもB級として徹底した無駄のない筋運び、『インシディアス』シリーズの「戦うおばあちゃん」ことバーバラ・ハーシーの変わらない華は魅せる。
ちなみに本作他アマゾンに入ってるブラムハウスのB級ホラー群は「Welcome to the Blumhouse」プロジェクトで、当ブログで触れただけでも『ブラック・ボックス』『ノクターン』『ブラック・アズ・ナイト』もその中に含まれる。他にもまだ4本あるらしい。ブラムハウス、尖る訳ではない「普通のB級ホラ-」を今改めて根付かせようとしているの好感です。
『KATE ケイト』
【採点】B
【監督】セドリック・ニコラス=トロイアン
【制作国/年】アメリカ/2021年
【概要】幼い頃から暗殺者として育てられたケイト。現在は日本で仕事をしている。ヤクザの木嶋を暗殺したが、現場にはターゲットの娘アニがおり、殺害シーンを目撃させてしまった。数ヶ月後、すでに体を壊して余命が48時間しかないケイトは、再び巡り会ったアニを連れて、陰謀渦巻く東京を疾走し始める。
【感想】
アニメ『東京喰種』のプロジェクションマッピングが映り込むビルを遠景に置いた屋上での移動、ピンク色に光る車が都心の道路を飛ばすCG、ちゃんみな・オーラルヴァンパイア・REOL・BAND-MAIDといった日本の音楽カルチャー、突如襲いかかるMIYAVI、それらがごちゃ混ぜになったクールジャパンの迷宮を、アクションは怪しいがとにかく様になるエリザベス・ウィンステッドと日本語は怪しいが元気溌剌なミク・マーティノーのコンビが駆けずり回る。
かつてのヨーロッパコープのやり口を今ハリウッドのスタント界隈が踏襲しているんだなという感慨がありつつ、國村隼に「お前ら欧米人は、色んな国の文化をわかったような気になって食い散らかしてる」みたいな事を言わせて客観性も確保する。
なんか終盤がフワッとしてたけど、カタカナの格好良いエンドクレジットで誤魔化せてるのでOKです。
『THE GUILTY/ギルティ』
【採点】C
【監督】アントワン・フークア(トレーニング・デイ)
【制作国/年】アメリカ/2021年
【概要】傑作デンマーク映画のリメイク版。緊急指令室のコールセンターで勤めるジョーの元に、とある女性から緊急電話がかかってくる。同行する何者かに拉致されている、そう察したジョーは彼女の家に電話するが、出るのは幼い子供だけ。町は山火事で警官の手が足りない。次に打つべき手立ては一体……?
【感想】
オリジナル版に対する足し算が全て余計で、ラストには改悪までついて回る。この話は「耳を澄ましている内に電話の向こうにも手前にも気づけなかった真実を観客が知る事になる」その構図が面白いのに、ジレンホールの熱演が電話よりも耳目を集めてしまってうるさいので、真相が明かされる瞬間も台無し。フークワがこの規模感を好きなのはわかるし、ラストにアメリカなりの意味も宿るのだが……。
とは言え「知っててもグッときてしまう」部分も確実にあり、オリジナルの強さは再確認出来たので、いっそ世界でそれぞれの『THE GUILTY/ギルティ』が制作されれば面白いのに。
『ブライト:サムライソウル』
【評価】B
【監督】イシグロキョウヘイ(サイダーのように言葉が湧き上がる)
【制作国/年】アメリカ・日本/2021年
【概要】ウィル・スミス主演、デヴィッド・エアー監督『ブライト』のスピンオフアニメ。時代は大きく遡り、架空の明治維新後の日本。サムライ崩れのイゾウとオークのライデンは遊郭で敵同士として出会い、エルフの少女ソーニャを連れて函館を目指す為に協力して旅に出る。ソーニャを狙うのは、イゾウのかつての師であった。
【感想】
CGアニメの利を最大限に活かし、モーションキャプチャーで動く人物をカメラがグルグル動きながら追う。ここに新版画に着想を得た立体的な美術を織り込み奥行きをもたらすことで、チャンバラがアニメならではの自由度を獲得。更に劇伴担当LITEのインストロックが合わさり、絶妙なグルーヴ感を生み出す。まだまだCGそのものは途上の出来ながら、「何故CGでアニメを作るのか」の答えを監督がハッキリ持っている和製作品として『宝石の国』ぶりの頼もしさを覚えた。
『レッド・ノーティス』
【評価】B
【監督】ローソン・マーシャル・サーバー(スカイスクレイパー)
【制作国/年】アメリカ/2021年
【概要】FBI捜査官ハートリーは世紀の大泥棒ビショップの影がチラつく中、世界の美術品を盗んで回るノーラン・ブースと追いかけっこを繰り広げ、遂に逮捕するに至る。しかしビショップに罠にハメられ、ノーランと共に監獄に入ることに。渋々共闘して脱獄した二人に、ビショップから新たな指令が下され……。
【感想】
ローソン・マーシャル・サーバーとドウェイン・ジョンソン三本目のタッグ。あえて新参のライアン・レイノルズをアドリブで泳がせ、要所要所でとにかく魅力的にガル・ガドットを撮影する。「スター映画」「脳天気なハリウッド映画」「アドベンチャー映画」どれもなんだか昨今珍しくなった気がするが、ネトフリでなら成立するのだ。
見せ場一つ一つは面白いけど、三人を大事にし過ぎて運びがイチイチ鈍重に見えるのは愛嬌か。というよりも「面白い見せ場がある事で鈍重になっている」ジレンマ。
ガル・ガドットの立ち回りが完全に峰不二子なので、「ルパン三世」TVスペシャルの一本、と思うと不思議なくらいフィットする作品。
『ドント・ルック・アップ』
【評価】A
【監督】アダム・マッケイ(タラテガ・ナイト オーパルの狼)
【制作国/年】アメリカ/2021年
【概要】ミシガン大学博士課程のケイトはミンディ博士に発見した彗星の詳細を知らせる。このままでは六ヶ月後に地球に衝突し、惑星全体を絶滅させる巨大津波を引き起こすだろう。二人は焦ってこの事態を伝えて回るが、大統領は目先の選挙に、大衆はゴシップに夢中で、何故か世界滅亡という今目の前にある問題の緊急性が世界に伝播せず……?
【感想】
勿論脚本執筆時点ではそのつもりでは無かっただろうが、社会風刺がコロナ禍に何もかも符号してしまった奇跡の一本。「目に見えて危機に覆われているのに何故か直視できない人々」という、日本に於いてももうコロナ以前から何年も目にし続けている不条理な状態を、こうしてフィクションが構造化して示してくれた事で、絶えず抱き続けていたフラストレーションが一部消化出来たよう。少しだけ心の負担が軽減出来た気がする。例え気休めだとしても、優れた風刺にはそうした効能がある。
『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール:報復の荒野』
【評価】B
【監督】ジェイムズ・サミュエル
【制作国/年】アメリカ/2021年
【概要】善玉も悪玉も黒人達が主役の西部劇。アウトローのナット・ラブは幼い頃、賞金首ルーファス・バックに両親を殺されていた。そろそろ政府に収容されたルーファスがシャバに脱走しようとしている。かくして結集したナット・ラブ一味とルーファス・バック一味の抗争は、ルーファスのホームタウンにてその決着に到る。
【感想】
キャラ一人一人を配役の妙味で粒立てて、ヒーローが集結していく楽しさがある。今をときめくキース・スタンフィールドを「敵サイドの不敵な子分」ポジションに置く贅沢さと的確さ。
歌に合わせた演出が特徴的な監督・脚本のジェイムズはミュージシャン。西部劇の中では『クイック&デッド』が一番近いだろうくらいには邪道で、正直最後の因縁の決着の活劇としての愚鈍さは映画ファンには怒られそう。
『ロスト・ドーター』
【評価】A
【監督】マギー・ギレンホール
【制作国/年】アメリカ・イギリス・イスラエル・ギリシャ/2021年
【概要】女優マギー・ギレンホールの監督デビュー作(カンヌにて脚本賞受賞)。ギリシャの浜辺の観光地で一人バカンスに訪れる中年女性レダ。同じホテルに居合わせたとある大家族に出くわした事で、若き日、幼い二人の娘と過ごしていた事を追想する。目の前の大家族。己の孤独。あの過ぎ去った日々。そして、小さな出来心……..。
【感想】
カメラが被写体に寄り添う系の撮影なので好き嫌いは別れるだろうけど、オリヴィア・コールマンの今にも泣きそうな心許ない年老いた女性の表情と、バカンスであれ曇り空の湿った海辺で海鳥が鳴く中をふらふら歩く様の危うさを、エレーヌ・ルヴァールのカメラは適切に捉えている。そして一見なんでもない光景が次第に「恐ろしさを孕んだ世界」に変わっていく不穏さの配分が見事。過去編が現代篇ほどは面白くないのでもっとカットしても良いような気はしたが、エンドロールで監督名見て本当に吃驚したくらいには巧い。
『イン・ザ・トールグラス ー狂気の迷宮ー』
【評価】B
【監督】ヴィンチェンゾ・ナタリ(CUBE)
【制作国/年】アメリカ・カナダ/2019年
【概要】カンザス州の炎天下。路傍に延々と生い茂る背の高い草むら。車を走らせていた身重のベッキーとその兄カルは、ふと車を停めた脇、その草むらのどこかから幼い男の子が助けを呼ぶ声を聴く。どうも家族揃って草むらの中で迷子になったらしい。兄妹は男の子を探して草むらに入り込むが、そこは絶対に踏み込んではいけない迷宮だったーー。
【感想】
スティーブン・キングとジョー・ヒルの父子作家が手がけた小説の映画化。爆笑問題・太田光主演の『草の上の仕事』(篠原哲雄監督)という映画があって、「草地」をフェティッシュに捉えようとした映画としてあれは一つの到達点だと想うのですが、まさかこんなところから大々的に「草むら」をメインに据える映画が生まれるとは。一通り草の中を迷ってからはキングらしい仕掛けがあの手この手で飽きさせないが、それでもナタリが描きたかったのは「背の高い草むらという迷宮をさ迷う」という感覚そのものなのだろうなぁと。たったそれだけの事で映画が出来てしまうという贅沢を堪能する。
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
【評価】B
【監督】ジェーン・カンピオン(ピアノ・レッスン)
【制作国/年】イギリス・オーストラリア・アメリカ・カナダ・ニュージーランド
【概要】1920年代、モンタナ。男らしいカウボーイの象徴のような牧場主の長男フィルだったが、大人しい弟ジョージが気がつけば未亡人ローズと結婚したこと、ローズの連れ子である軟弱なピーターが気に入らない。フィルは二人に冷たく当たり、またプレッシャーに耐えかねたローズは徐々に酒に溺れていく……。
【感想】
「男らしい」西部劇の世界で展開する、「男らしくない」人の弱さと押しつけの連鎖の物語。フィルの存在感に反して明確な衝突はほぼなく、というより、衝突することさえ出来ずに誰かから押しつけられた/自分で作り上げた虚像の中でそれぞれの形で自滅していく者達の切ない交錯を描く。カンバーバッチのフィルがどう考えても最初から繊細そうなので予定調和に見えてしまったのが難。『イン・ザ・カット』くらいケレンがあっても良かったのにと思うが、見終わってからジワジワと「ピーク不在のドラマ」の芝居のディティールが、役者の気配が沁みてくる。
『Tick,tick…BOOM! チック、チック・・・ブーン!』
【評価】A
【監督】リン=マニュエル・ミランダ
【制作国/年】アメリカ/2021年
【概要】名作ミュージカル『RENT』を生み出しながらオフ・ブロードウェイでの上演前夜に亡くなった作曲家ジョナサン・ラーソンが自身でタイムリミットと位置づけ楽曲にもした30歳の誕生日を目前に、うだつの上がらない貧乏アパート暮らしの中で夢と挫折に揺れ動く日々を綴る。監督はやはり名作『イン・ザ・ハイツ』などを生み出した作曲家リン=マニュエル・ミランダ。
【感想】
そもそも映画化された『RENT』が大好きだった事もあり(先に観てから本作を見るのが良い順番)、また個人的にも様々身に染みてたまらなかった一作。ジョン・M・チュウの手で映画化された『イン・ザ・ハイツ』もだけれど、映画的な重力を取っ払ってミュージカル的快楽に委ねた映像生理が、それこそ『RENT』が映画化されてた頃より現在の方が遙かに自由に忠実に成されていると思う。殺伐と言い合いをしているカップルとカットバックして男女が楽しげにお互いを罵り合う歌を歌う、こうした飛躍の楽しさ。これも『大好きな映画』ファイルに入れておきます。