ミッション・インポッシブル ー 『トリとロキタ』感想

スタッフ

【監督・脚本】ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

 

キャスト

【トリ】パブロ・シルズ 【ロキタ】ジョエリー・ムブンドゥ

【ベティム】アウバン・ウカイ 【ルーカス】ティヒメン・フーファールツ

【マルゴ】シェルロット・デ・ブライネ

【ジュスティーヌ】ナデージュ・エドラオゴ 【フィルマン】マルク・ジンガ

 

『あらすじ』

 地中海を渡りヨーロッパへやってきた人々が大勢ベルギーに暮らしている。トリとロキタも同様にベルギーのリエージュへやってきた。トリはまだ子供だがしっかり者。十代後半のロキタは祖国にいる家族のため、ドラッグの運び屋をして金を稼いでいる。偽りの姉弟としてこの街で生きるふたりは、どんなときも一緒だ。

 年上のロキタは社会からトリを守り、トリはときに不安定になるロキタを支える。偽造ビザを手に入れ、正規の仕事に就くために、ロキタはさらに危険な闇組織の仕事を始める……。他に頼るもののないふたりの温かく強固な絆と、それを断ち切らんとする冷たい世界。彼らを追い詰めるのは麻薬か闇組織なのか。それとも……。

                        (公式サイトより)

 

 人物の背後からカメラが追い、社会からはじき出された者たちが必死に生きる様をスリリングに掬うベルギーの名手・ダルデンヌ兄弟最新作。

 今回の視点人物は二人、トリとロキタ。実はトリはベナンから、ロキタはカメルーンから、ふたり別々の地から流れ着いた難民なのだが互いに強固な絆を抱き、ロキタは境遇からより優遇される(ビザの発行申請を通り易い)トリとの血縁関係を偽造しようとする。事実、姉弟のように親密な二人だが、いざ申請の場で虚偽申請に励もうとするとロキタはパニック障害を起こし巧くいかない。

 ビザさえ発行されればヘルパーとして就労し、故郷の弟達を学校に行かせてやれるのに。但し母親は冷たい様だ。

 ドキュメンタリー出身のダルデンヌ兄弟、綿密に取材を重ねているだろうがいつも視点人物から見えるその場その場の出来事、というか視点人物の動作しか切り取らない為、その背景にどこまで想像力を働かせられるかは観客にかかっている。

 近年のアキ・カウリスマキケン・ローチとその視線を重ねていくだけでも、そのまなざしが訴えるもの、彼らが表明する怒りの深刻さは自ずと露呈するだろう。

 分けてもスリラーに撤しているのがダルデンヌ兄弟の凄みだが、だからといって「テーマはどうでもよくて映画的に面白いから良いのだ」なんて賢しらぶってる猶予はもう無いのだ。

 ありえたかも知れないとトリとロキタの幸せが、サスペンスを煽る中で危なっかしさと共に記憶に残る二人の姿の向こうに透けて見え、そしてそれは断ち切られたのだと思う時、その胸に抱いた痛みはきっとフィクションではない、今抱えて然るべき、現実の光景を見る際にフィルターとして装着しておくべき痛みとして記憶しておきたい。

 繰り返し繰り返しそうした怒りとメッセージを発してきた古今東西数多の映画の、その懸命な芸術の訴えかけが今日びこの国ではここまで無力なのかとネットニュースのリプ欄など見るたびにはらわた煮えくりかえる思いがする。

 

 それはそれとしてスリラーとしても後半「何それ?」という大胆さを用意している本作。序盤からトリがその足で、自転車で、ろくに周囲も確認せず通りを渡る姿自体がまずハラハラする。

 当然最初に「危ないよ」とロキタが声かけする場面を見せているからそうなので確信犯で、人の動作を見つめるカメラは必ずスリルと一緒じゃなくちゃという強迫観念めいたダルデンヌ兄弟のスリラーへの信念を感じる。

 今回はそのスリルがある場面に移行してから停滞、というよりもっと得体の知れない真空状態に晒されて、ひとしきり舞台が整えられた後でイーサン・ハントばりにトリがスパイ活劇のような侵入アクションを見せることになる。

 ここにはあらかじめハッピーエンドが約束されたハリウッド・サスペンスへの返歌のような純度100のスリルが宿っている。事実トム・クルーズばりに身体も張るしね!

 

 ささやかだけど食事を巡るやりとりが彼らの命を繋ぐものである事が、「そんな無茶をしなくても」という部外者の無責任な感想を塞ぐだろう。それはもっと言ってしまえば「交換し続ける」行為の循環でもあって、今回はスマホSIMカードで示される。どんなに要素を削ぎ落としても自然な小道具として出てくる事が可能なそれらの映し方のさりげない効果、やはり映画が巧い。