ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『たったひとつの冴えたやり方』

 

 たしかに、ヒューマンはほかのどの種族よりも厖大な文量を残した。しかし、根気よくさがせば、おそらくほかにも先例は見つかるだろう。ほかのあらゆることとおなじように。

 

 訳:浅倉久志 1987年10月1初刊発行。ハヤカワ文庫。

 

 デネブ大学の中央図書館にて。

 長寿の種族である司書のモア・ブルーは、若いコメノ種族のカップルから「雰囲気を掴みたいので」というざっくりした注文で、連邦草創期のヒューマンの記録を選んでくれと頼まれていた。

 他エイリアン任せな若者たちに辟易したのも一瞬、ロマンス好きな種族的特徴もあいまって、モアは意気揚々と三冊の物語を選ぶ。

 ただし一回に貸し出せる本は一冊まで。

 さてモアが順々に貸し出していった三冊の、ヒューマンを主人公とした(しかし最後には他の種族も大きく関わってくる)物語は、カップルの心に数多の驚きと、他者性への可能性と、未だ見果てぬ宇宙へのロマンを抱かせることだろう。

 何より、種族を越えてあらゆる生命が持つ意志の力への畏敬の念を。

 

たったひとつの冴えたやり方

 ヒューマン種族が連邦を形成し宇宙に生活圏を延ばしていた黎明期。未だ開拓されぬ銀河の帯状の暗闇〈リフト〉へと、無謀な冒険家たちは立体星図〈ホロチャート〉片手に探検に乗り出していた。

 そんなモノ好きは決して多い訳ではないが、ここに十五歳の聡明な少女コーティー・キャスが新たに名乗りを上げる。

 コーティーは言葉巧みに親の目を盗み、大人たちを出し抜き、〈リフト〉の暗黒へと、両親の誕生日プレゼントの小型スペース・クーペで漕ぎ出した。

 そこで彼女は憧れの、異星人との『ファースト・コンタクト』を遂げることになるのだが、それは実に奇妙な生態のエイリアンで……?

 

グッドナイト、スイートハーツ

 〈リフト〉周辺部ではしばしば無謀な探検家、あるいは遊興に出航した富豪などが救助を求め、サルベージ船ブラックバード号を繰るレイブンは連邦と契約しそれらの船の救難信号に応える野良仕事を行っていた。

 宇宙を、それも半ば放置されている〈リフト〉周辺部を生業とする為に仕事の合間に頻繁に冷凍睡眠を繰り返し時をスキップしていくレイブンの知人など、地球ではとっくに年老いているか今の次元とおさらばしている事だろう。

 なのに、なんてことだ。レイブンが新たにサルベージした、とある富豪の所有する宇宙船の中に、レイブンの忘れられない女性が、あの頃の姿のままで乗り合わせていたのだ!

 ところで〈リフト〉周辺部では〈暗黒界〉と呼ばれるモラルなき宇宙海賊たちが横行しており、レイブンはやがて究極の選択を迫られる事になる。

 

衝突

 遠い宇宙の果てから連邦の通信司令部に定期的に届くメッセージパイプ。

 通信室に勤めるポーナとヨーン司令官は、二十年以上も前から送られてきたその記録の送り主が、最初の〈リフト〉横断探測船『リフト・ランナー』からのものだと知り、注意深く記録の再生を始める。

 それはリフト・ランナー乗組員(アッシュ船長と4名の技能者たち。中には鋭敏な感応者もいる)が、ある宙域を通ってから感じている奇妙な幻覚についてのリポートだった。

 あるべき場所に自分の手がない気がする。それどころか、自分には本当はしっぽが生えていて、それに寄りかかって過ごしている気がするーー彼らはそう語るのだが。

 

 一方その頃。〈リフト〉の彼岸と此岸における時間の流れを等しく測ることが出来たとしての、一方その頃。

 連邦から何光年ものかなた、ジールタンの首都では、ジーロ種族のカナックリーが自身の子供を産むための性活動に期待と不安を覚えながら、久しぶりに再会した友人ジラノイの話を聴いていた。

 現在ジーロ族はあの残虐で野蛮、そしてあまりに未知の種族ジューマノールとの紛争を繰り広げていたが、その悲惨な前線に於いてジラノイはジューマノールの言語を学び、通訳官になれないかと期待に胸膨らませている様子だった。

 それにしてもジューマノール、しっぽや下部の両手さえ持たないあの種族は一体どこから現れたのだろう。まさか〈リフト〉の果てから訪れただなんて事はありえないと思うが。。。?

 

 やがて、二つの種族は無数の運命が重なり合った、危険極まりない〈ファースト・コンタクト〉を果たすことになるーー。

 

 

 夢中になって楽しめました。いずれも、茫漠とした果てしない宇宙の中で、グッと心の内側に縮こまった個人の決意が発露する瞬間を捉える物語。

 それぞれが迎える結末はバラバラだし、三話目など数多のキャラクターがそれぞれの選択を連鎖させていくが、それでもそうした誰かの英断に付き合ったのだ、その行く末がどうなろうとしっかり見守らなきゃ、という作中宇宙への吸引力がハンパない。

 記録と読者との間にある途方もない距離がより「見守るしかない」切迫感を高める一話目、三話目に対して、二話目ではずっと読者が寄り添い続けることの出来た主人公が、最後に更に飛躍(あるいは解放)した選択で私たちの一歩先をいく快い裏切りが待っている。

 

 この宇宙には悲惨な出来事も多く待ち受けているが、それでも〈正しさ〉〈希望〉〈可能性〉〈他者との融和〉や〈他者性への想像力〉といった、あらん限りの生命のポジティブな側面について、それを信じるに値する瞬間へと導いてくれた。

 

 ところでライトノベル神様のメモ帳』で主人公アリスのNEET探偵事務所の看板に書かれていた言葉『The Only NEET Thing to Do.』は本作の原題『The Only Neat Thing to Do.』のもじり。

 アニメも見ていたけどラノベ1巻の完成度に痺れたあの日以来10年ほどずっと気になってた本書、やっと読めました。

 何がきっかけでクラシックに触れるかわからないんだから、引用はガンガンしていこうな。