情報・選択肢・SOS ー 『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』感想

 スタッフ

【監督】増井壮一 【構成・脚本】横谷昌宏

【キャラクターデザイン・総作画監督】田村里美

【絵コンテ】増井壮一・黒木美幸・石井俊匡

【演出】野亦則行 高橋英俊 清水奏太郎 伊福覚志

美術監督】大久保聡 【美術設定】塩澤良憲

【2Dワークス】内海紗耶 【3Dディレクター】織田健吾

【3Dディレクター】田中葉月 【色彩設計】横田明日香

【撮影監督】楊暁牧 【編集】三嶋章紀 【音響監督】岩浪美和

【音楽】fox capture plan

 キャスト

梓川咲太】石川界人 【桜島麻衣】瀬戸麻沙美 【梓川花楓/かえで】久保ユリカ

【豊浜のどか】内田真礼 【広川卯月】雨宮天 【友部美和子】遠藤綾

【咲太の父】志村知幸 【卯月の花】京花優希 【鹿野琴美】岡咲美保

【古賀明絵】東山奈央 【双葉理央】種﨑敦美 【国見佑真】内田雄馬

【花輪涼子】相川奈都姫 【上里沙希】茜屋日海夏

【安濃八重】渋谷彩乃 【中郷蘭子】鈴代紗弓 【岡崎ほたる】高木美佑

 

『あらすじ』

 高校二年生の三学期を迎えた梓川咲太。

 三年生の先輩であり恋人の桜島麻衣と、峰ヶ原高校で一緒に過ごせる学生生活も残り僅かとなった。そんななか、長年おうち大好きだった妹の花楓は、誰にも明かしたことのない胸の内を咲太に打ち明ける。

「お兄ちゃんが行ってる高校に行きたい」

 それは花楓にとって大きな決意。極めて難しい選択と知りながらも、咲太は優しく花楓の背中を押すことを決める。『かえで』から『花楓』へ託された想い。二人で踏み出す未来への物語。

 

 「お話はとても好きなのに、作画も、『ロジカルウィッチ』以降は明確に尺も足りてない」というフラストレーションを抱えていた『青ブタ』が、4年の時を経て遂に尺も作画も追いついたよな話。

 キャストさんもここに来て新規の視聴者がとても増えていて驚き、特に海外でという話をされていたのですが、既に削除されているけれどEDテーマ『不可思議のカルテ』譜割り動画が1億回再生越えてましたからね。

 fox capture planの力も大きいと思います。

 自分も「前作からもう4年?」と既に3、4回は自然に驚いているのですが、原因は『不可思議のカルテ』を聞き続けていたせいかなと。

 

 限られた時間で話を進める窮屈さや、基本ローテンションの咲太*1に倣ったアクションに乏しい画作りなどで今まで「敢えての地味演出」なのか「作画が追いついていない」のか断言しきれないところもありました。

 が、今作スクリーンで見ると、ちゃんとシリーズを崩さないよう誇張した演出を避け、地味ながらも曖昧な空気がしかししっかり張り詰めた画面と、よく見ればちゃんと動いている背景のモブ筆頭に作画の描き込みも遙かに質が上がっている。

 演出の狙いが明確になる形で作画も進化し、やっと辺にモヤモヤしたり忖度したりしないで済むアニメ『青ブタ』完成形と出会えた気がしました。

 やはり「敢えて」だったのだと。

 

 本作のあらすじをものすごく端的に言えば、元引きこもりの中学生が「全日制の高校を目指すか」「通信制の高校に進むか」それだけの話。

 シリーズのフィクション度合いをグンと上げてきた「思春期症候群」はほぼ解消された状態で、1つ心理的な壁を克服したその後に待つ、一度失ったものに改めて向き合わされるアフタータイムを描く。

 まずそこが誠実な点で、何かしら特定の重大な問題を抱えた人間は、例え巧いことその問題を解消できたとしても、その問題を背負ったことで失った期間やコンプレックスによって二次的な問題を背負ってしまう*2という、フィクションで省略されがちな現実の負の連鎖をないことにしていない。

 

 結果、映画らしい、もしくはアニメらしい嘘は失った状態で、ただ花楓の進路を見守ることになる。

 「見守るしかない」という状況で引っ張り成立させられたのなら、それはもう立派に映画なのだと思います。

 底冷えする質感伝わってくる校舎の中で、咲太が願書を出す花楓を待って案内の事務員と会話する、ただそれだけのシーンでこの映画は身を委ねるに足る情報量と、下手なケレンに走らず必要とされたショットを選び抜くのだという気概を感じる。

 

 またありきたりな綺麗事でまとめず、この重要な選択に対して「必要な情報」をみんなが花楓に与えてくれる流れも得心のいくものでした。

 情報のない状態での本人の選択を自己責任とするのは遅効性のネグレクトですから。またそうした正しい行動を取れた咲太もまた花楓の認識を理解しきれていない面があり、卯月がそれを正す場面も良かった。

 卯月は「ヒロインの妹の仲間」というかなりの端役であり正直存在も覚えていなかったのですが、「誰かに頼り声を掛けていく」ということが視野の拡大に繋がることを、ここで花楓だけではなく咲太も学んでいる。そして咲太の学びの裏には麻衣さんと育んできた確かな関係性がある。

 

「必要な選択肢とその為の情報を与えること」「抱え込まずに協力を求め続けること」

 

 今、思春期に抱える心の問題に捧ぐメッセージとしてこれ以上ない二項目を全国の映画館で提示できている、という事実含め、色々と自分の人生と重ねて観てしまい涙しました。

 

 そして花楓/かえでバージョンの『不可思議のカルテ』。これだけ長いこと聞き続けてたのに、ここにきてもっとも効果的に響く。

 なにより大好きな間奏部分まで、フル尺で映画館で聴けて幸せでした。TV版、明らかに切るところ早いから。。。

 

 このクオリティで『ロジカルウィッチ』完全版が観たいです。


 アニメはもっと社会と接続していい。そう常々思っているのですが、改めてその気持ちを強くした作品でした。

 

 

*1:鴨志田先生が以前動画で語っていた内容によれば、前作『さくら荘』で「主人公の少年の成長」に付き合ってもらった読者に今また新しい主人公の少年の成長に付き合ってもらうことは忍びなく、咲太をあらかじめ成長してしまった存在にした、的な事のよう

*2:『神のみを知るセカイ』の女神編でコンプレックスを解消した少女たちのその後に触れていったことを思い出しました